節句人形としての起土人形は、尾西地方のみならず、古知野(江南市)・小牧などの尾北地方や関・美濃町(美濃市)・武儀郡から郡上方面までわたっていたようです。
  郡上方面には毎年売りに回る人に直接卸し、古知野・小牧方面は商品を置く店に作者自身かあるいは近所の人に頼んで、リヤカーを自転車で引っ張り配達したようです。
なぜか小牧では福助がよく売れたようです。
江南市の古知野商店街の「万歳屋」さんをたづねてみました。二〇〇四年二月のことです。店主の倉知静子さん(八四歳)は、気さくに当時の様子を語ってくれました。
 昭和三十年頃、本来は衣料を扱う店だったそうですが、年末になると商品を片付けて店の棚いっぱいに「はまや」を飾ったそうです。年明けから三月の節句の頃までは人形を飾ったようです。

昭和40年代の古知野新町通り商店街

2004年2月「万歳屋」前にて

江南市赤童子町の佐橋靖枝さん所有の
  『目で見る犬山・江南の100年』より

商店街を背に倉地静子さん

お客は、古知野だけにとどまらず宮田・浅井・瀬部(一宮市)
大口・扶桑・楽田(犬山市)・岩倉・川島(岐阜県)などから買

いにきましたと倉地さんは言います。
節句の時期になると、子供が生まれた家の親戚がそろって
バスで買い物にやってきて、次々と注文していくので、帰りの
バスの時間までに包む作業で大忙しだったと、倉地さんの話し
は続く。昭和40年前後になると、今風のガラスケースに入った
人形に変わってきたので、人形を買った人に小さな土人形を
つけて出したようです。 最後に「起の土人形はよく売りましたよ」
と締めくくってくれました。倉地静子さんとお話ししていると、自分
の母親と話しているようで穏やかな気分になり、楽しいひと時を過
ごさせていただきました。有難うございました。


 この商店街を歩いていると、時代の波に押し流されそうになり
ながらも、活性化のために懸命に頑張っている人々の姿が垣間
見えてきます。しかしながら、昔の姿を取り戻すことは
世の中の仕組みがここまで変化しては容易な事ではないでしょう。

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